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札幌地方裁判所 昭和49年(ワ)623号 判決 1976年2月12日

原告

田中ひろみ

右訴訟代理人

藤井正章

外一名

被告

株式会社ホーム企画センター

右代表者

青木雅典

右訴訟代理人

宮永廣

主文

被告は原告に対し、金三二万〇、〇〇六円、

およびこれに対する昭和四九年七月三日から完済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。

原告のその余の請求を棄却する。

訴訟費用はこれを三分し、その一を原告、その余を被告の負担とする。

この判決は、原告勝訴の部分にかぎり仮りに執行することができる。

事実

第一、当事者双方の申立

一、原告

「被告は原告に対し、金五〇万八、七四九円、および、これに対する昭和四九年七月三日から完済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。訴訟費用は被告の負担とする。」との判決、ならびに、仮執行の宣言。

二、被告

「原告の請求を棄却する。訴訟費用は原告の負担とする。」との判決。

第二当事者双方の主張

一、請求原因

(一)  原告は、昭和四七年六月一五日ごろ、被告会社に不動産販売員として左記の約定で雇傭された。

1、給与額

(1) 固定給 月額金四万円

(2) 歩合給 不動産売買代金の入金完了時に右売買代金の三パーセント相当額。

2、給与支払時期

毎月二〇日締、同月二五日払い。

3、販売業務に原告所有の自動車を使用する場合には、ガソリン手当として一か月金五、〇〇〇円を支給する。

4、契約交渉、集金業務、現地案内等の経費は原告が負担する。

(二)1、被告は、昭和四八年八月二〇日、原告に対し、同人を解雇する旨意思表示した。

2、したがつて、被告は原告に対し、労働基準法第二〇条に基づき解雇予告手当として三〇日相当分の平均賃金一一万八、九五〇円(計算関係は別紙のとおり)を支払わなければならない。

(三)1、原告は、前記雇傭契約に基づき、左の売買契約を成立させた。

(1) 買主 訴外佐藤英介

目的物件 石狩町所在の土地

売買代金 二九二万五、〇〇〇円

代金支払時期 昭和四八年一〇月二五日

(2) 買主 訴外南博充

目的物件 札幌市豊平区北野所在の土地

売買代金 二七二万二、五〇〇円

代金支払時期 同年一一月二五日

(3) 買主 訴外七条計真

目的物件 札幌市南区所在の土地

売買代金 七三四万五、八〇〇円

代金支払時期 同年一二月二五日

2、したがつて、被告は原告に対し、右各売買代金の三パーセント相当額の歩合給合計金三八万九、七九九円を支払わなければならない。

(四)  よつて、原告は被告に対し、以上合計金五〇万八、七四九円、および、これに対する訴状送達の日の翌日である昭和四九年七月三日から右完済に至るまで民事法定利率である年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める。

二、請求原因に対する答弁

(一)  請求原因(一)の事実中、3の事実は否認し、その余の事実は認める。

(二)  同(二)1の事実は否認し、同2は争う。

すなわち、原告は、昭和四八年七月二八日支給された夏期賞与額について不満を抱き、同月三一日、被告会社専務取締役浜田繁利に対し、退職したい旨申入れ、右浜田と同日および同年八月一日にわたり話し合つた結果、原告主張の雇傭契約は合意解約されたものである。

(三)  同(三)1の事実中、(1)ないし(3)の各売買契約のうち買主、目的物件、売買代金は認め、同2は争う。

すなわち、原告が歩合を請求し得るためには、顧客との契約交渉・現地案内・契約の締結・手付金の支払・内金の支払・残金の支払・物件の引渡・所有権移転登記手続等の契約事務を担当しただけでは足りず、原告が契約成立後その完成まで会社に勤務し従業員たる地位を有すること、および、右担当の結果売買代金が入金となることを要件とするものと解するのが、労働慣行上も当然である。なぜならば、契約担当者が契約完了前に退社しても、被告会社は顧客に対し前記契約事務のうち未履行部分を履行すべき債務を負つており、他の社員をして右未履行債務を履行しなければならないのに、退社した社員は右未履行部分について何らの労働提供を行なわないで、契約完了の利益すなわち歩合給の支払いを享受しうるのは不合理であるからである。

三、抗弁

(一)  仮に雇傭契約が合意解除でなかつたとしても、被告は、昭和四八年七月三一日原告を解雇する旨の意思表示をしているところ、原告が現実に退職しているのは同年八月二〇日であり、かつ原告はその際八月分給料として金四万円を受領しているから、その限度で、解雇予告ならびに手当支給の要件は充されている。

(二)  また、仮に本訴請求債権が認められるとしても、被告は、昭和四九年八月三〇日の本件口頭弁論期日において、後記損害賠償債権を自働債権として、原告の右債権とをその対当額において相殺する旨の意思表示をした。

すなわち、被告は、月額金五、〇〇〇円の限度でガソリンを現物支給する旨の規則に基づき、原告に対し、訴外札幌シエルパツク株式会社発行のガソリン購入用チケツトを交付していたから、原告は、被告会社を退職するに際し右チケツトを返還しなければならないのにもかかわらず、これを返還せず、昭和四八年九月五日から同年一一月五日までの間、右チケツトを使用して無断で原告所有の自動車もしくは他人の自動車のため合計367.8リツターのガソリンを購入し、さらに二回の自動車修理を行なつたため、被告はやむなく前記訴外会社に対し合計金二万二、五一九円を支払つた。したたがつて、被告は原告に対し、右同額の損害賠償請求権を有する。

四、抗弁に対する答弁

(一)  抗弁(一)の事実中、原告が八月分の給料として金四万円を受領していることは認めその余の事実は争う。

(二)  同(二)の事実中、原告が被告から、訴外札幌シエルパツク株式会社発行のガソリン購入用チケツトの交付を受けていたことは認め、その余の事実は否認する。

第三  証拠関係<省略>

理由

一請求原因(一)の事実は、同3の事実を除き、いずれも当事者間に争いがない。

二そこで、解雇の意思表示の有無について審究するに、原告本人尋問の結果中には、解雇の意思表示があつたとの原告の主張に符合する供述部分があるけれども、右供述部分は、後記認定の事実に照らして、にわかに措信することができず、他に右主張事実を認めしめるに足る証拠はない。

すなわち<証拠>を総合すると、

原告は、理容師の仕事をしていたところ、昭和四七年六月一五日ごろ、不動産の販売・仲介業を営む被告会社に基本給として一か月金四万円のほか歩合給をも受ける不動産販売員として雇傭され(右のうち雇傭の事実については当事者間に争いがない)、同年七月一日から勤務を始めた。被告会社には、原告より約一か月前に右同様に歩合給をも受ける不動産販売員として小畑貞子という女性が雇傭されていた。ところで、原告は、昭和四八年度前半に原告が担当しかつ成立させた不動産売買の契約額が右小畑のそれより高かつたにもかかわらず、同年七月に給付された夏季賞与が同女と同額であつたことに不満を抱き、同月三一日ごろ、被告会社専務取締役浜田繁利に対し、その理由について詰問したが、満足な解答が得られなかつたので同社を退職したい旨申し入れた。右浜田は、原告の右のような突然の申し入れに驚き、原告が退社するのを思い止どまるように説得した。しかしながら、原告は、翌八月一日ごろ、再び浜田に会い、同人に対し、家族とも相談したがやはり八月二〇日付をもつて会社を辞めさせて欲しい旨申し入れた。浜田は、原告の翻意をうながすことが困難と考え、また当時被告会社の取扱い物件が減少していたこともあつて、原告の退職を承諾することとし、直ちに辞表を提出して退職して欲しい旨申入れた。さらに、原告は、原告が担当し成立させたが代金の入金が完了していない三件の売買契約について歩合給は支払われないのかと尋ねたところ、浜田は、従前代金完済前に退職した社員に歩合給を支払つたことがない旨答えた。原告は、浜田の右回答に納得せず、翌二日ごろ、労働基準監督署を訪れ、係官に対し歩合給について尋ねたところ、歩合給も賃金である旨の説明を受けたので、歩合給の支払を受けることができるものと考えた。そこで、原告は、同月六日ごろ、自らの母親とともに、浜田を喫茶店に呼び出し、歩合給を支払つて欲しいと要求したところ、浜田は、前回同様これを拒否し、結局両者は互いに興奮して、感情的な言葉が取り交わされただけで終つた。原告は、退職を申し入れた後、同月四日以降は、同月一七日を除き出社せず低血圧、自律神経不安定症により同月八日から一週間の休養治療を要する旨の診断書を提出しただけであつた。他方、被告会社としては、原告が八月二〇日付の退職を申し入れ、その後診断書を提出したにとどまり出社しないので、役員会議の結果、八月二〇日付をもつて原告の退職を認めることに決定した。そこで、被告会社は、原告の八月分の給料と失業保険の手続等を整え、同月二〇日に出社した原告に八月分の給料等を渡したが、原告は、とくに異議を止めることなくこれらを受け取つた。原告は、その後、労働基準監督署に歩合給支払の申立をなした。

以上の事実が認められ、右の事実関係によれば、原・被告間の雇傭契約は、原告の被告会社の給与ないし運営についての不満を動機とする退職への意思に基づき、昭和四八年二〇日付をもつて合意のうえ解約されたと認めるのが相当である。

してみると、原告の解雇予告手当請求はその余の点について判断するまでもなく理由がない。

三次に、歩合給請求について検討する。

(一)  <証拠>を総合すると、次の事実が認められ、他に右認定を覆すに足る証拠はない。

1、原告は、被告会社社員として、昭和四八年四月二六日、佐藤英介との間に、石狩郡石狩町大字花畔村一三七番地の六五宅地179.10平方メートルを代金二九二万五、〇〇〇円で右佐藤に売り渡す旨の売買契約を成立させ(買主、目的物件、代金については当事者間に争いがない)、その旨の契約書を作成し、手付金五八万五、〇〇〇円の支払を受けたが、税金対策上、右売買契約の締結日を同年九月二四日付にする旨合意した(なお、手付金の支払いも契約者台帳(乙第三号証の二)上は同日付となつている)。ところが、原告は、同年八月二〇日をもつて被告会社を辞めたため、同社社員坂藤武が、原告に替り、佐藤英介との間に、同年九月二四日付の売買契約書を作成し、同月二六日、残金二三四万円の支払いを受けるとともに所有権移転登記を経由した。

2、原告は、被告会社社員として、昭和四八年七月二七日、南博充との間に、札幌市豊平区北野三六五番地の一四二宅地三六坪三合を代金二七二万二、五〇〇円で右南に売り渡す旨の売買契約を成立させ(買主、目的物件、代金については当事者間に争いがない)、その旨の契約書を作成し、翌二八日、手付金一〇万円を含めて金八二万二、五〇〇円の支払を受けた。残金一九〇万円は同年八月二〇日に支払われる予定であつたが、その支払が延びた。ところが、原告は、同日付をもつて被告会社を辞めたため、前期坂藤武が原告に替つて、右契約事務を担当し、同年九月一三日所有権移転登記を経由し、同年一〇月二三日残金の支払を受けた。

3、原告は、被告会社社員として、昭和四八年四月一四日、七条計真との間に、札幌市南区澄川町緑ケ丘三八九番地の五のうち整理番号リ号の宅地315.37平方メートルを代金七三四万五、八〇〇円で右七条に売り渡す旨の売買契約を成立させ(買主、目的物件、代金については当事者間に争いがない)、その旨の契約書を作成し、同年七月三一日までに金二二四万五、八〇〇円が支払われた。残金五一〇万円は、同年八月三一日に支払われる予定であつたが、右七条の使用する「ローン」が変更されることになつたため、支払いが延びた。ところが、原告は、同月二〇日付をもつて被告会社を辞めたため、前記坂藤武が原告に替つて、「ローン」変更にともなう手続を担当し、同年一〇月一九日所有権移転登記を経由させ、同年一一月三〇日残金の支払いを受けた。

(二)  ところで、被告会社における歩合給については、売買代金の入金完了時に右代金の三パーセント相当額を支払う定めであつたことは前示のとおりであるところ、原告は、売買契約を成立させた後その代金入金前に退職した場合でもこれを請求することができると主張し、被告において在職を要件とするほかこの支給をしないのがむしろ慣行であるとして争うので考えるに、まず、歩合給といえども、その実質に鑑み、労働基準法上の賃金に該当するものというべきであり、しかも、それがいわゆる基本給の額との関係において賃金全体に対して影響を有するものと認められる場合には、雇傭契約関係終了の理由如何にかかわらず、その時点において、本来これを調整する余地を残すものとみられるところであるから、かかる給与の構成下にある社員が、売買契約を締結させた後その入金前に退職した後場合にあつても、それを基礎として、後、他の社員により登記の完了、代金の入金を了するに至つたような場合には、特段の事情のない限り、退職社員によつてなされた顧客の発見、交渉、現地案内、契約締結等のすでになされた労務の提供という事実を、労働の対償としての賃金額に反映、評価するのが公平であり、従つて提供された労務が、その契約についての入金完了までに要する全労務に対する割合等に応じて、歩合給を請求することができるものと解するのが相当である。

(三) 以上の観点からすれば、原告の基本給が一か月金四万円であつて、成立に争いのない乙第五号証によれば歩合給への依存率が基本給をはるかに上まわることが認められるところであり、かつ、後に被告会社社員坂藤が、原告の契約について入金完了に至らしめていることは前示のとおりであるから、原告は、その退職にともない歩合給を請求し得るところであつて、前示認定事実によれば、原告の提供労務の割合等は、佐藤英介を買主とする売買契約については八割すなわち金七万〇、二〇〇円(2,625,000円×0.03×0.8)、南博充を買主とする売買契約については九割すなわち金七万三、五〇七円(2,722,500円×0.03×0.9円未満切捨)、七条計真を買主とする売買契約について八割すなわち金一七万六、二九九円(7,345,800円×0.03×0.8円未満切捨)、と認めるのが相当であり、他に特段の事情が認められない本件では、原告は、被告に対し、右合計金三二万〇、〇〇六円を請求し得ることとなる。

四被告の相殺の主張について判断する。

前記のように、原告の有する前記歩合給債権が、「賃金」債権に該当すると解されるところ、労働者の賃金債権に対しては、使用者は労働者に対して有する債権(不法行為に基づく損害賠償債権も含む)をもつて相殺することは同法第二四条第一項の趣旨から許されないと解するのが相当であるから、不法行為に基づく損害賠償債権を自働債権とし賃金債権を受働債権とする相殺の主張は、主張自体失当であるといわなければならない。

五してみると、原告の本訴請求は、被告に対し歩合給合計金三二万〇、〇〇六円および、これに対する訴状送達日の翌日であることが記録上明らかな昭和四九年七月三日から完済に至るまで民事法定利率である年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があるからこれを認容し、その余は失当として棄却することとし、訴訟費用の負担について民事訴訟法第八九条、第九二条を、仮執行の宣言について同法第一九六条を各適用して、主文のとおり判決する。

(稲垣喬)

<別紙>

解雇予告手当計算書

単位円

月別

固定給(1)

手当(2)

歩合給

合計

((1)+(2)+(3))

総支給額

経費率20%

差引額(3)

7

40,000

5,000

190,575

38,115

152,460

197,460

6

40,000

5,000

91,722

18,345

73,377

118,377

5

40,000

5,000

0

0

0

45,000

360,837

上記3か月間の総日数 91日(4月21日~7月20日)

平均賃金の計算  (1日当り)

予告手当の計算 3,965円×30=118,950円

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